金史卷六十七 列傳第五 通恩
蘇伯水の内紛
- 通恩は阿爾本特克新水の赫舎哩部の人で、祖は和囉竒、父は訥格納で代々部の貝勒であった。威凖部の伊喇貝勒・海罕貝勒が族人の完塔哈貝勒及び諸弟の烏埒赫・烏都温の家を略奪し、さらに阿古爾貝勒の家も略奪して訥格納の部にまで及んだため、穆宗は訥格納に本部兵で治めさせたが、訥格納は蘇伯水で勝手に募兵しこれを拒む者を略奪した。烏庫哩部の達薩塔を攻め穆嚕密斯罕城に入った際、烏色・伊克が状況を問いに来ると、蘇伯水西の諾木歓村と東の烏満村にそれぞれ止まった。訥格納は服従を示しながらも償いを拒み、甲戌歳10月から翌年8月に逃亡し、烏色が追撃し殺した。その母・妻子を捕らえ、通恩にその旧地を復させた。