- 要旨: 水軍(水兵)の編成・装備・号令・訓練から、船種ごとの特性、潮汐・天候の見極め、火攻の要諦までを網羅する篇。海戦は陸戦とは異なる独自の理があるとし、それに応じた実務規定を細かく定める。
兵船の編成(束伍法)
- 福船一隻につき、捕盗(船長格)一名、舵工二名、繚手(帆綱係)二名、扳招手一名、上闘一名、碇手二名を置き、その上に甲長五名、各甲兵十名を配する。
- 敵船に肉薄した際は誰であれ、いかなる武器であれ、奮って功を立てた者は破格の功として認めるとする。
- 福船二隻・海滄船一隻・艟喬船二隻を一哨とし哨官を置き、左右二哨で一営として領兵官を置く。松門関・海門関でそれぞれ二営ずつを指揮一員が統率する。
- 海滄船は捕盗一名・舵工二名・繚手一名・碇手二名・扳招一名に甲長四名・兵夫四十名、艟喬(大蒼山船)は捕盗一名・舵工一名・碇手一名・繚手一名に甲長三名・兵夫三十名と、船の規模に応じて人員を減らす。
旗・幟の色分け
- 大旗は黒地に白文字で「台」の一字を記し、前営は紅、左営は藍、中軍は黄、右営は白、後営は黒の帯・旗縁で所属を示す。各船に五方旗一副を備え、営ごとに旗の縁取りの色を変えて識別する。
- 平時の船内配置は四方に甲を分散させ、長短の武器を交互に配して守りを固め、敵が現れた方角に力を集中しつつ、他の面にも見張りを残す。船首には銃架を据え、閘板・水倉門にはそれぞれ専任の兵を配する。
装備の点検
- 各船に応じた火器・武器・帆綱・炊事道具などの装備一覧(大発貢・仏郎機・碗口銃・鳥銃・噴筒・弩・火箭・鉤鎌・砍刀・標槍・藤牌から、帆・櫓・舵・碇・索・鍋・鍬・鋸・銅鑼・太鼓・燈籠・木梆に至るまで)を船種(福船・海滄船・蒼山船)ごとに規模に応じて数を減らしながら定める。捕盗・各兵はさらに釘・油・麻・灰や、蔑製の兜・釘槍・腰刀を自弁するとする。
- 武器は毎日点検し、火薬は晴天時に五日ごとに乾燥させ、刀槍は半月ごとに研ぐ。不備があれば甲長も連座で罰金(減俸)とする。
- 斧・大擂石(投石用の岩)も定数を備え、八割を船底に、二割を船上に置くとする。
逃亡兵への対処
- 甲に逃亡者が出れば甲長を捕らえ、残りの兵で捜索を続ける。三か月捜索しても見つからなければ関係者の俸給を差し引き、船の修繕費に充てる。一年見つからなければ甲全員の俸給を没収するという段階的な連座制を定める。
- 逃亡が発覚した経路(甲長→捕盗→哨官→把総→府)に沿って報告・追跡を行い、自首や捕縛の場合の扱い、月二回の欠員補充の手続きも定める。
出入港・夜間警備の号令
- 早朝の営の整列、太平旗の掲揚、上陸許可の手続き(籌票を受けて期限内に戻る)、風汛期の無断上陸の禁止(軍法で厳罰)などを定める。
- 甲長・捕盗・哨官・領兵官・把総の間の礼儀作法(跪拝・叩頭など身分に応じた作法)を規定する。
- 日没時の旗の降下、夜間の更の交代(船首・船尾に見張りを立て、不審な浮遊物には投石で確認する)を定め、油断による失態は厳罰とする。
常時の水寨操練
- 前日に大旗で操練を予告し、当日は喇叭の合図で炊事・食事・上陸・整列を進める。狭い港では小型の三板船で簡易な操練を行う。
- 発令の様式は陸兵と同様に、金鼓・旌旗への絶対服従を誓わせる文言(「船を馬のように操り、敵を見れば先を争い、生死を共にし、勝って帰る」)を用い、舵工には「船の成否は汝らにかかる、少しでも歪めば軍法」と特に戒める。
- 射撃訓練は遠方の的(仏郎機は百歩、鳥銃は八十歩、弩・弓・火箭は六十歩、標槍・投石は二十歩)を船を進めながら順に攻撃し、命中率に応じて陸兵と同様の段階的な賞罰を科す。
- 刀・鉤鎌・槍の型は、槍による誘いに動じず目をそらさず対応できるかを基準に評価し、慌てて姿勢を崩す者は下等と判定する。
- 水操と陸操を交互に行い(水操は月八回、陸操は月七回)、陸操は隊から哨までにとどめ、方営までは行わないとする(水兵の負担を考慮)。
出洋・夜間航行の号令
- 出洋前に食糧・水の備蓄を点検し、不足があれば処罰する。出発は喇叭と黄旗を合図に段階的に進める。
- 夜間航行では雁行に隊列を保ち、離れすぎを禁じる。違反は船数に応じて捕盗・哨官・領兵官・把総まで段階的に処罰する。
- 夜間の識別は営ごとに提灯の数・位置(前営は横に二灯、左営は各檣に一灯ずつ、右営も同様、後営は高低差をつけた二灯)で区別する。
交戦時の号令と軍法
- 戦闘開始の喇叭・鉦・太鼓の合図とともに一斉に攻撃する。退却・遅参・座礁・的を外す・風向きの制御失敗などは、いずれも斬刑という極めて厳しい罰を定める。
- 部下の怠慢を報告しない甲長は棍打ち、報告すれば怠けた兵のみを斬るとする。
- 敵が財物を海に捨てて我が兵の気を逸らそうとする策には乗らず、拾って追撃を怠った者は処罰する。
- 一隻の船が既に敵船を破ったのに他の船が功を争って群がり、他の敵を取り逃がした場合は、功はその一隻に帰し他の船は処罰するが、まだ破っていない船への加勢は除くとする。
戦利品の扱い
- 鹵獲した財物は功労者に多く分配し、公平に処理することとし、上官が私的に横領・強要することを厳禁し、発覚すれば重罰の上、被害額を返還させるとする。武器は必ず官に報告し隠匿を禁じる。
沿海哨船の信地と烽火伝達
- 健跳・桃渚・海門・松門・隘頑・楚門など各哨区の担当範囲(北限・南限)と、警戒に用いる山(信地)を列挙する。
- 敵発見時は近くの山で狼煙を上げ、船はそれを見て出動し、烽堠も連携して南北に急報を伝える。伝達の不備や見張りの手抜きは軍法で厳しく処す。
福船・海滄・蒼船(艟喬)の特性比較
- 福船は城のように大きく、風力に頼って進むため、小柄な倭寇の船を風を利して押しつぶすように圧倒できるが、水深一丈一、二尺を要し浅瀬では動けず、無風時にも使えない弱点があるとする。
- 海滄はやや小さく水深七、八尺で動けるが、力は福船に劣る。両船とも敵船を撃破することはできても首級を拾うことには向かないため、蒼船が必要になるとする。
- 蒼船(艟喬)は最も小さく機動力に優れ、浅瀬に逃げ込む敵を追撃し首級を回収するのに適するが、単独で敵船に肉薄しての白兵戦には向かないとする。三船それぞれに一長一短があり、風の強弱に応じて使い分けるべきだと説く(風が強ければ福船が有利、弱ければ蒼船が有利)。
- 開浪船・網船など小型の哨戒専用船についても、戦闘には向かないが偵察・伝令に有用であると付言する。
敵情の見極め(相寇情)
- 敵の挙動から意図を読む観察点を列挙する。小舟が頻繁に往来するのは謀議、進んでは退くのは我を探る動き、退いて急に進むのは奇襲、鼓を打っても矢石を放たないのは武器不足、といった具合に、敵の動作の微妙な違いから作戦意図を推し量る要領を多数示す。
停泊の心得
- 日没が近く追撃を続けられない場合は無理に進まず、あらかじめ安全な入江を確認して停泊すべきとし、竜潭・神廟の近くでは砲や喊声で驚かさないよう戒める。日月星雲や鳥の動きから天候の兆しを事前に読み取ることを勧める。
潮汐と天候の観察
- 浙東の潮の満ち引きの周期を、旧暦の日付と十二支の時刻の対応で示す方法(朝の満潮を潮、夕の満潮を汐と呼び、月の朔望に応じて規則的に変化する)と、太陽の出没方位・時刻から寅の刻(夜明け前)を割り出す方法を詳述する。
- 日暈・月暈、日没時の空の色、星のまたたき、颶風(台風)の前兆、雲の形(炮車形・魚鱗雲)、風の吹き始め・止み方、海燕や海豚の群れ、鳥の鳴き声、水蛇の位置など、多様な民間の観天望気の知恵を列挙し、月ごとに警戒すべき風(正月の北風、清明の北風、彭祖風など)も付記する。
戦船の火器運用論
- 水戦では火攻めが第一の策であるとしつつ、火器の種類は多くても実戦で使えるものは少ないと指摘する。複雑で操作に手間取る器具や、船全体に届かない小威力の器具、灰瓶(石灰を撒いて足場を滑りやすくする策のはずが、実際には敵の足場を固めてしまう誤った策)などを退ける。
- 実用に耐えるのは遠距離用の「飛天噴筒」と近距離用の「埋火薬桶」の二種のみであるとし、他の火器はこれらに及ばないとする。
- 埋火薬桶の点火法(炭火を椀に入れて薬桶の蓋にし、敵船に接舷した瞬間に桶を投げ込むことで衝撃により炭火と火薬が接触し確実に発火する仕組み)を詳しく説明する。
- そのほか、目つぶし・毒煙を放つ竹筒型の武器、帆を焼く飛天噴筒、蒺藜を仕込んだ焼夷弾、大型の紙製爆裂弾(内部に小型の爆薬・毒薬・鉄蒺藜等を仕込む)なども紹介し、精巧に作れば水陸を問わず第一の武器になるとする。