紀效新書短兵長用說

  • 要旨: 叉鈀・棍・槍・偃月刀・鉤鎌など短めの武器も、敵の長槍の間合いをかいくぐって深く踏み込めば「短を長く用いる」ことができるとし、その要訣を俞大猷(総戎俞公)の『剣経』の抜粋を交えて説く篇。

短兵長用の原理

  • 敵の槍が一丈七、八尺あるのに対し我が武器は七、八尺に過ぎず、浙江流の叉鈀の型のように柄の根元近くを持てば実質の長さはさらに短くなり、受け止めるだけで踏み込めない弱点があると指摘する。
  • 対して俞大猷の法では武器の六、七尺を外に出して構え、敵の槍が五尺踏み込んできたところを打ち払い、連打しながら流れるように踏み込めば、一丈の間合いを一気に詰められるとする。一度懐に入れば長槍は素手同然になり、短兵が自在に動けるとする。
  • 藤牌と腰刀という「短の中の短」も投げ槍(標)を伴わせることで同じ「短兵長用」の理を実現しており、標は殺すためというより敵の意識を逸らして踏み込む隙を作るためのものだと説明する。
  • 棍術は四書、その他の武器(鉤・刀・槍・鈀)は五経に喩え、棍を極めれば他の武器の理も自ずと通じるとする。

剣経・総訣歌の要旨

  • 剛は相手の力が来る前に、柔は相手の力が過ぎた後に用いるべしとし、「彼が慌てても我は静かに待ち、間合い(拍)を知れば思うままに戦える」とする。
  • 陰陽の転換、両手をまっすぐ保つこと、前足を曲げ後足を伸ばすこと、絶えず力を込め一歩ずつ前進することを繰り返し説き、「歩々前進すれば天下に敵なし」とまとめる。

鈀(叉鈀)の歩法

  • 円環のように途切れない十歩の進退の型(中平・大圧・死圧・小圧・高当など)を示し、相手の高低の変化に応じて角度を変えながら連続して圧し込む具体的な組太刀の手順を記す。
  • 大当・大圧・小当・小圧の四要素が環のように連なることが叉鈀の要諦であるとする。

棍法の要訣(劍經より抜粋)

  • 全篇にわたり、実戦での棍・槍・刀・叉鈀の攻防における無数の具体的な口伝(大門・小門と呼ばれる左右の攻防位置、剪・揭・磕・剃・洗・当・圧などの技法名、進退の呼吸)が、実技の手引きとして列挙される。その核心は次の原則に集約される。
  • 「人を制して人に制されず」を根本とし、後から動いて先に相手に届く「後人発、先人至」を最重要の原理とする。
  • 相手の勢いに逆らわず、相手の旧力(一撃の力)が尽きて新たな力が発する前の一瞬(「舊力略過、新力未發」)を狙って踏み込むことこそ、全篇を貫く核心の秘訣であると繰り返し強調する。
  • 誘い(哄)で相手の一撃を引き出してから受け・返す、実際に打つと見せて打たない、といった虚実の駆け引きを重視する。
  • 大門(表側)・小門(裏側)のいずれから来た攻撃にも対応する型(剪・揭・磕・剃・洗・托など)を状況ごとに使い分ける。
  • 打つ・受ける・払う・すくうといった動作はいずれも後手(後ろの手)の働きが要であり、棍を高く振り上げる力任せの動きよりも、後手の技巧こそ真の力の源であるとする。
  • 相手が長い槍や柔らかい竹槍を用いる場合は、身を沈め棍先を高く保ってじりじり間合いを詰め、粘りついて確実に制する型(黄龍転尾歩など)を用いるべきとする。
  • 対人稽古(両人大門対打・両人小門対打など)を通じて力の強弱に応じた対応、誘いと本気の見極め、間合い(拍位)の感覚を体得することを説く。

鈀対刀の要訣

  • 敵が四方から攻めてきても慌てず対応し、扁身中攔(体をひねって中段で受ける)などの型で防ぎながら、相手の隙を見て高く払い、決着をつける手順を示す。
  • 刀に対しても棍と同様の理で、相手の一撃が尽きた瞬間を捉えて踏み込むことを説く。

諸師の伝と結び

  • 山東・河南に伝わる楊家槍の理も陰陽虚実の点で自説と一致するが、その左右の門から敵の槍を制する手法に、自らの踏み込みの工夫を組み合わせれば天下無敵となると述べる。
  • 俞大猷から伝授された棍法の妙は『剣経』に尽くされているとし、一度組み手で優位に立てば、崖から丸石を転がすように休みなく攻め続けることこそ極意であり、一度崩れれば師範級の相手でも二度と立て直せないとする。
  • この理は棍だけでなく長槍をはじめ各種武器にも通じ、実際にこの法で長槍を教えたところ著しい効果があったと結ぶ。李良欽・劉邦協・林琰・喬教師・童琰といった諸師の伝を引きながら、要訣が「人の勢いに順い人の力を借りる」の一言に尽きると重ねて強調する。