紀效新書射法篇

  • 要旨: 弓術の要諦は「怒気で弓を引き、息を静めて矢を放つ」という古の教えにあり、力量に応じた弓矢の選定と、放つ瞬間の「審(心を落ち着けて確かめる)」の工夫にあると説く。

心構えと弓矢の適合

  • 『列女伝』の「怒気開弓、息気放箭」を引き、怒気で引けば力強く満月に引け、息を静めて放てば心が定まり配慮が行き届くとする。
  • 力量に合った弓を選び、弓に合った矢を作ることこそ肝要であるとし、荀子の「弓矢調わざれば羿も必中し得ず」、孟子の「羿が人に教えるにも必ず彀(十分に引き絞ること)を志させた」という言葉を引く。

「審固」の要諦

  • 弓矢を持つには「審(詳しく見極める)」と「固(しっかり持つ)」が要る。袖を打つ失敗は握りが定まらないため、矢がぶれて弱いのは鏃が指先に上がっていないためだと説く。
  • 「鏃が指先に上がらなければ中たる理はなく、指が鏃を知らなければ目がないのと同じ」とし、左手の中指の先が鏃の位置を目を使わずに感じ取れて初めて満を持したと言えるとする。
  • 世人は矢を半分引いた時点で狙いを定めがちだがそれでは意味がなく、「審」は弓を引ききり矢を放つ瞬間にこそ働かせるべきだとする。弓を引ききった時は精神も体力も尽きかけているため、そこで心身を落ち着けてから放たねば真っ直ぐ中たらないと説く。
  • 『大学』の「慮而後能得」の「慮」の工夫と、射における「審」の工夫は同じであるとし、至善を知り止まり定まり静まり安んじた上でなお慮ってこそ得るところがあるように、弓も引ききった上でなお審じてこそ的中が決まると説く。

型の要訣

  • 親指で中指を押さえて弓を持つのが古来の妙法であり、必ず従うべきとする。
  • 馬上の弓は必ず九分まで引き絞るべきで、七、八分では中たりにくいと繰り返し強調する。
  • 馬上で予備の矢を持つには、二本を弓の握りに添え、一本を弦にかけておくのが便利で、矢を襟や腰に差すのは不便だとする。
  • 矢は低く外すより高く外す方がまだよいとし、これは誰もが陥りやすい癖だとして繰り返し注意を促す。

実射の心得

  • 的前では監視の官がいるかのように緊張しつつも、実際には平生の自分のままに、一本ごとに鏃の位置と心の落ち着きを確かめながら射るべきだとする。
  • 的中は焦らず余裕を持って射てこそ得られるもので、慌てて中たるのは単なる僥倖に過ぎないとする。五本目以降で当たらなくても焦らずじっくり見極めるべきで、焦れば六本目以降はますます中たらなくなるとする。

騎射の要訣

  • 「勢いは風を追うがごとく、目は稲妻のごとく、弓を引ききって急いで矢を放ち、目をそらさず、姿勢を崩さず、弓を引く姿は懐から月を出すごとく、矢を平らに構える姿は秤の紐に吊るすごとく」という騎射の教えを示す。

歩射の要訣

  • 矢は百歩の外で人を殺す武器であるとし、自分の力に合った弓を用い、姿勢を乱さず呼吸と心を整えるべきだとする。「弓が軟らかいことを嘆くな、遠くまで届かせれば自ずと従う。力が弱いことを嘆くな、引き続ければ自ずと強くなる」という教えを引く。
  • 弓の力に余裕があっても、まず満を持して近くから射て、徐々に遠くへと稽古を進めるのが正しい順序であり、最初から近距離(二、三十歩)に限って射ることを常としてしまうと、遠射の力が身につかないと戒める。

手足・身体の型

  • 目は的か敵だけを見て弓の弦(扣)は見てはならないとし、目をそらせば避けられ相手に制されると説く(眼法)。
  • 前脚は杭のように、後脚は少し曲げて矢の向きに応じて動かし、左の眉先と右の足先を一直線に保ちながら、右に射れば左に、左に射れば右に体を調整するのが的中の妙であるとする(足法)。
  • 前手は泰山を押すように、後手は虎の尾を握るように保ち、ゆっくり引いて素早く放つ。矢が小さい的なら前手を下げ、大きい的なら前手を上げて水平を取り、「前手は撇(払う)、後手は絶(切る)」の呼吸で両腕を伸ばし合わせれば矢の勢いが格段に増すとする(手法)。
  • 顎を横に引かず、頭を垂れず、胸を突き出さず、背を反らさないことを身体の戒めとする(身法)。
  • 矢が放たれた際に頭が揺れるのは、人差し指・中指で弦を締めすぎることが原因で、それはさらに薬指・小指が緩んでいることに起因するとし、練習法として薬指・小指の間に一寸ほどの草の茎を挟み、矢を放っても落ちないようにする工夫を紹介する。

実戦での心得

  • 敵に対して射る際は、胆力と力の定まりこそが要であり、「勢い険しく節短し」であれば必ず中たり誰も避けられないと説く。
  • 具体的には、弓を引いても満を持さずに構えを保ち、敵が数十歩に迫って必中必殺と確信できる瞬間を待ってから放つべきで、それでこそ「節が短い」意味を持つとする。
  • 騎馬の敵に対しては馬を狙うべきで人を狙ってはならないとし、「人を射るにはまず馬を射よ、賊を捕らえるにはまず頭を捕らえよ」という諺を引く。

馬の調練

  • 馬は平生から餌やりの時から動作を調え、号令に従って進退させ、物に驚かず道を外れないよう仕込むべきだとし、前後の足の運びが揃えば速く安定して武器を扱えるとする。馬は兵の命であり、北方の遊牧民の馬が中華の馬より優れているのも日頃の調練の賜物だと結ぶ。