- 要旨: 演習で旗鼓・号令を仕込んだ後は必ず実戦での出兵に至るとして、行軍・野営における具体的な軍令と禁令を細かく定める篇。著者はこれを敵と対峙し陣を張る実務篇として第七に置くとする。
斥候・伝令に関する禁令
- 夜間偵察で敵陣に赴かず伝聞のみで報告した者、伝令が期限に遅れたり集合が遅延して事を誤った者は軍法で処罰する。
- 行軍中に病人が出た場合は把総が確認の上で稟告し、所在の官司に医者を求める。仮病で職務を逃れようとする者は軍法で処す。
- 側面や後方の哨が力尽きた者や道端に潜む者を見つけたら中軍に送り、勝手に見逃してはならない。
- 行軍・宿営時にはそれぞれ巡哨・巡視の役人と巡視旗を置き、軍令違反を隠さず報告させる。役得を狙った不正な取り締まりも同様に処罰する。
前哨・先導の作法
- 前哨官には清道の藍旗と令旗を持たせ、大小の事があれば必ず中軍へ伝えさせる。清道旗は事前に人畜の進入を防ぎ、旗纛を汚させない。
- 出迎え・緊急文書の使者は前哨で確認の上で中軍へ通報してから会わせ、不審な服装や言葉の者は中軍で取り調べ、勝手に放免・尋問してはならない。
宿営地への出入り
- 城郭や民家に宿営する際は、前哨が要地に確認の火を焚いて分かれて駐屯し、中軍到着後に静砲三発を合図に、各隊の火頭が宿の令旗を受け取ってから中軍に復命し、正式に散開して休むという手順を踏む。
- 落とし物は拾った者が宿営地の中軍に届けて持ち主を捜させ、届けた者には賞罰の規定を適用する。隠匿は処罰の対象とする。
敵地に接する際の警戒
- 複数路に分かれて進む際は事前に合言葉を決め、敵地で遭遇したら合言葉で真偽を確かめる。
- 敵地に近づき林など不審な地形に至れば、まず陣を固めて塘報(斥候)に安全を確認させてから進む。
- 沼沢や窪地では勝手に暗闇の中を通らず、平地で態勢を整え地形を中軍に報告してから号令を待つ。
出陣時の装備・火器管理
- 出陣時は必ず甲冑を着け武器を持ち、担いだり縛ったりしたまま行軍させてはならない。ただし遠路暑熱の際は号令があれば持ち方を変えてよい。
- 火薬・弾丸は出征前日に必要量を過不足なく受け取らせ、戦闘中に「使い切った」と偽って求めることは、敵前逃亡に準じて処罰する。
扎野營說(野営を張ることについて)
- 要旨: 野外で対陣し陣を構えることは、昼は防備を固め夜は襲撃を警戒せねばならず労苦と危険が大きいため、士気を常に高く保ちながら攻守を兼ねる工夫が要ると説く。
野営の日課
- 五更(未明)に太鼓とともに起床・洗面し、号令とともに全員が木柵の内側で槍を構えて守城の態勢を取る。異常なしの報告を受けてから開門し、水汲みや野菜の買い出しを時間を区切って行わせる。遅刻者・遅出者は棍で罰する。
- 薪採りは三日に一度、隊長引率で時間を区切って行い、東西の門のみを使う。
- 便所は腰牌を門に掛けて外出を管理し、夜間の外出は禁じて自陣近くで用を足させ、翌朝清掃する。
- 夕刻の太鼓三回を合図に各営で火を消し、私語・往来を禁じる。違反者は隊長も含めて連座で処罰する。
夜間の警備と伏路
- 伏路(前線監視)の兵は一昼夜交代とし、報告のため夜間に来る者は門の外二十歩で止め、身元・文書を確認してから令箭のある者だけを通す。無断で柵に迫る者は殺しても罪に問わない。
- 自陣からの報告者もまず所属を名乗り、門外で命令を待たせる。
- 敵が接近した際は営の内外を問わず違令を軍法で厳重に処す。無断で夜間に営を出た者は棍打ちの上、見せしめに引き回す。人数が多い場合は隊長・哨長・将官まで連座させる。
- 伏路の兵は毎朝中軍で令箭を受けて交代地に赴き、往来者の真偽を確かめ間諜を取り調べる。夜間に来る使者は伴走者一人が二十歩手前で止め、身元を報告させてから中軍の判断を仰ぐ。
- 夜間の合言葉(更籌箭)は隊ごとに二名が木柵を守って伝え、紛失すれば上下で厳しく調べ軍法にかける。
- 警報が出た際は静粛に持ち場を守り木柵を閉じ、号令を待つ。騒いで走り回る者は軍法で厳しく処す。
更籌(時刻の計り方)
- 昼夜の刻限を細かく定める方法を説く。一日を百刻・十二時に分け、二十四節気ごとに定めた籌(時計代わりの棒)や、一定数の数珠を歩数や更代わりの単位として用いる計算法を示す。営の周囲を巡回する歩数からも夜明けの時刻を割り出せるとし、冬至・夏至など季節ごとの昼夜の長短に応じて調整するとする。
対陣中の野営
- 敵に気づかれない場所では日没後に火を断ち、遠くから見えないようにする。夜は太鼓の代わりに矢を伝えて更を知らせ、門番は間諜を見分け、将令なくして門を開けない。
- 敵と対陣する際は、陣より二十歩離れた場所に篝火を一晩中焚いて監視に当て、敵が暗がりからこちらを狙えないようにする。
夜営の灯火信号
- 夜営では定めた提灯の色・位置を号(合図)とし、哨は中軍の灯、隊は哨の灯を、昼の旗と同様に見て動く。違反は昼間の規定より重く罰する。
- 暴風雨の際は松明を代用し、奇襲や陣の移動の際は提灯を空営に残して欺くなど、状況に応じ甲・乙などの文字符号や、鶏鳴・牛鳴に似せた声の合図を臨機に定めるとする(敵の間諜に知られないよう事前には固定しない)。
陸兵舟行號令(水陸行軍の号令)
- 出発・停泊・停止・着岸の各段階を、砲・鼓・旗・笛の組み合わせで号令する手順を定める。出発の順序は日の干支に基づく五行の順とし、中軍の合図で停船・整列する。
- 宿営地到着時は前方の営から順に旗を降ろして整列し、中軍到着後に再び旗を掲げて号令を発する。
- 水陸を問わず粛静を第一とし、いかなる場合も旗鼓の号令に従い、口頭の伝達は上官の言葉であっても従ってはならないとする。ただし敵に近く隠密行動が必要な場合は、物を手渡しで順に伝える方法(土塊=止まれ、小矢=進め、草木の枝=立て、石塊=座れ、大令箭=警戒)を用いる。
- 宿営地では哨ごとに四哨から一小哨を出して夜巡させ、事故は当番の哨官の責任とし、把総も随時巡回して確認する。
- 夜間の交代・巡邏の口上(「官兵よ、夜巡は慎め、怠るな、誤れば軍法容赦なし」等)や、船ごとに交代で見張りを立てる規定を示す。
- 隠密の宿営では中軍が旗を立てず鼓砲も鳴らさないことをもって暗号とし、平常と区別する。
本府(上官)の護衛作法
- 上官が到着する際は事前に塘報が周辺を確認し、異常があれば口頭で報告する。
- 護衛の親兵は先着組を邸内に、後着組を邸外の要所に配し、私語を禁じて交代で見張りに立ち、食事も火兵が届ける。
- 門の開閉、堂内外の配置なども細かく定め、民家や野営時には城中以上に厳重にするとする。
粛静の徹底
- 全篇を通じて粛静を最重視し、平時に騒ぐ者は棍打ちで連座とする。号令や陣立ての際は金鼓と旗指物のみに従い、私語を発する者は現場で処罰し、それによって事を誤れば斬首に処すとして厳しく戒める。