紀效新書任臨觀請創立兵營公移

  • 要旨: 浙江の参将であった戚継光が、実戦に耐える陸戦部隊を組織するため兵営設立の許可を求めた上申文。倭寇討伐の現場経験から、寄せ集めの兵では戦えないと訴える。

現状の問題提起

  • 自らを武功浅い一介の武夫と謙遜しつつ、陸戦を兼任するに至った経緯を述べる。
  • 手勢に精鋭がいなければ、たとえ自分が身を挺して戦っても地方の益にならないと危惧する。
  • 現状は寄せ集めの雑兵や、水軍から借りた兵を陸戦に使っており、兵将互いに馴染まず、敵を見ただけで崩れ去る実態を指摘する。

陸戦の困難

  • 浙江の兵は甲冑もなく素肌で敵に当たり、技も未熟なまま歴戦の倭寇と渡り合っている。
  • 行軍に食糧の携行なく、戦いに号令なく、駐屯に営壁もない有様を列挙する。
  • 遠征すれば旅店に食を頼り、拠点を守るにも夜ごと城郭へ引き上げざるを得ない。

提案

  • 部隊ごとに炊事係と鍋を随伴させ、兵に糧食を携帯させ、営塁と守備器具を備えることを説く。
  • 野営して守りを固めれば、退いても頼れる後方があり、進んでも対峙できると論じる。
  • 「今すぐ実戦に使いたいのに悠長に訓練している暇はない」という反論を想定しつつ、賊討伐と練兵は並行できると反論する。

選兵と体制の具体案

  • 平倭の疏に基づき、各府県衛所から老弱を除いて屈強な者を選抜し、身元を保証させた上で名簿を作り、参将ごとに三千名を配することを求める。
  • 選抜の精粗は参将の責、員数不足は兵備道・府州県の責と役割分担を明確化する。
  • 提督軍門阮・総督軍門胡の裁可を経て、紹興府に費用処理が命じられた経緯を記す。嘉靖三十五年(1556年)十一月十五日付。