間書沈希儀、商人を用いて猺の動静を探る――生間を巧みに用いる者たち

沈希儀が商人を用いて猺(瑤族)の情勢を探ったのも、これと同じ例である。これらはみな、生間を巧みに用いた例である。

『兵略纂聞』にいう。沈希儀は右江参将に抜擢された。右江の治所はもと柳州にあり、柳州は万山の中にあって、城外五里のところがすなわち賊の巣であった。沈希儀はひそかに、日頃から猺人と商売をしていた者数十人を探し求め、一人ごとに銀五両を与えて、さらに品物を買い入れさせて諸々の洞(猺の集落)へ分散して入らせた。諸々の猺は凶暴で人を殺すことを好んだが、商人(行商人)については重んじ、寨から寨へと送り継いで護衛し、飲食を与えた。一人の商人を損なうことがあれば、以後諸々の商人が来なくなることを恐れたからである。このため、断崖絶壁や深い竹藪であっても、商人たちはどこへでも行き来し、何か動きがあるたびに、商人たちがまずこれを知って、走って沈希儀に報告した。