間書孫子の生間論――子貢・陳平・礼至の先例

生間を巧みに用いた者としては、賢能の者を生間として用いた例がある。子貢や陳平のほかにも、春秋時代の禮至が邢に対して行ったことがそうである。

『左傳・僖公二十四年』にいう。衛の人々が邢を討とうとしたとき、禮至は言った、「その守りを崩さなければ、邢の国を得ることはできない」と。『左傳』の注にいう、衛のために間諜となることを願い出て、まず兄弟とともに邢に赴いて仕官を求めたのである。

按ずるに、これはすなわち『孫子』のいう「生間」である。しかもその意図はいっそう深く険しい。昔の人が『左傳』を兵書とみなしたのは、まことにゆえのあることである。それゆえ古の名将、関壮繆(関羽)・杜征南(杜預)・嶽忠武(岳飛)といった賢人たちは、いずれもこの書を好んで読んだのである。