西夏書事卷三十七 宋孝宗(金大定六年) 乾道二年(夏天盛十八年) 1166年
対金の通常の遣使
- 春正月、金へ正旦を賀う使者を送った。皇太子・百官とともに朝賀し、賜宴の席次には定員があった。
- 三月、金の万春節を賀う使者を送った。あわせて人口索還の免除を重ねて願い出て、今度は許された。
- 夏四月、金の使者が来て横賜を行い、仁孝は謝礼の使者を送った。
- 九月、金の使者が来て誕生日を賀した。
莊浪族をめぐる任得敬の専断
- 二月、任得敬が莊浪族の乱を誇張して金に告げ、討伐の出兵を求めたが許されなかった。金主は隴逋・龎拜二門がもと夏国に属していた事情を知らず、その地の帰属を検分するとして出兵を控えさせた。
- 冬十月、任得敬が兵を率いて莊浪族の吹折・密臧の二門を攻め滅ぼした。隴逋・龎拜の二族はこれを機に金へ帰順を願い出て歳ごとの馬・駝の貢納を申し出た。
賀義忠の登用
- 秋七月、賀義忠を御史中丞とした。義忠は監察御史として精敏の誉れがあり、仁孝がその賢を認めて抜擢した。