西夏書事卷三十五 宋高宗(金皇統四年) 紹興十四年(仁孝人慶元年) 1144年

学校興隆と改元

  • 春正月、金の正旦および万寿節を賀う使者を送った。当時宋が再び金と和し、賀使が到来したため夏使は高麗使とともにその後に列した。
  • 夏五月、使者を送り天申節を賀った。夏の賀使が宋に至らなくなって二十年近く経っていたが、仁孝は宋の正朔を慕う心から使者を送り、珠・金帯・衣・綾羅紗・馬などを献じた。
  • 六月、州県ごとに学校を立てさせた。国中の生徒定員を三千人にまで増やした。
  • 禁中に小学を再び立てた。宗室の子孫で七歳から十五歳までの者すべてが入学でき、教授を置き、仁孝と后の罔氏も自ら条教訓導にあたった。
  • 秋九月、彗星が現れ、改元した。坤宮に現れ五十余日で消え、群臣は「彗星は旧を除き新を布く象」として改元を進言し、大慶五年を人慶元年と改めた。
  • 冬十二月、使者を送り正旦を賀った。金の酒器や色綾羅紗を献じた。