西夏書事卷三十一 宋徽宗(遼乾統三年) 崇寧二年(乾順貞觀三年) 1103年
臥仏の発見
- 春二月、甘州で古い臥仏三体が発掘され乾順に献じられ、乾順は母梁氏の冥福を祈るため寺を建てて安置した。
鄯州包囲と趙懐徳の敗走
- 三月、羌人多羅巴が唃厮囉の裔溪賒囉撒を奉じ趙懐徳打倒を図り鄯州を包囲した。懐徳は夏に援兵を求め仁多保忠が向かったが、援軍到着前に懐徳は州を棄てて逃れた。
遼への婚姻再要請
- 夏五月、乾順は再び遼へ婚姻を求め、許された。
察哥の晋国王封と兵制改革
- 秋九月、乾順は弟察哥を晋国王に封じ兵政を任せた。察哥は騎射に長け、宋との戦で弩を用いて苗履の副将を討つなど武勇で知られ、鉄鷂子・歩跋子の限界を説き、強弩と摽牌を用いた新たな戦法を献策した。
正旦の賀
- 冬十二月、使者田守義が正旦を賀し、宋側の探りに毅然と応じた。