西夏書事卷二十四 宋神宗(遼太康三年) 熙寧十年(秉常大安三年) 1077年

講宗城築城と境界紛争の継続

  • 春二月、講宗城を築いた。梁乙埋の勧めによるもので環慶路に近い立地が懸念された。
  • 夏五月、梁兀乙が環慶の投降誘引者且烏を捕らえ、柔遠の宋軍が攻撃した。六月、秉常が使者を送り抗議した。宋側の誘降策が問題視された。
  • 秋八月、慶州の熟戸が侵入した。
  • 実際には宋側の熟戸による挑発が多く、夏側の被害を宋が偽って報告する例もあったと注記される。