西夏書事卷二十二 宋神宗(遼咸雍四年) 熙寧元年(秉常乾道元年) 1068年

梁氏の摂政開始

  • 春正月、梁氏が国事を治めた。秉常は時に八歳、母の梁太后が垂簾摂政を行った。
  • 弟の乙埋を国相とした。梁氏一族の専権が強まった。
  • 鄜延路が楊定殺害の下手人の引き渡しを求めた。二月、六宅使李崇貴・右侍禁韓道喜が差し出された。
  • 三月、初めて哀を告げる使者を送った。諒祚の死から四か月を経てのことで、宋を軽んじたと評される。
  • 夏四月、遼へ遺品を献じた。
  • 五月、篳篥城を争った。楊文広の築城計画に対し夏軍が攻撃したが撃退された。
  • 楊定の子仲通を返還した。楊定の死の責任は楊定自身にあったことが明らかになった。
  • 秋七月、甘谷城を攻めたが張守約に撃退された。
  • 九月、折薑会に兵を集めたが、种古の攻撃を受け敗れた。
  • 冬十月、遼が夏国王に冊封した。
  • 十一月、嵬名山の返還を求めたが得られなかった。
  • 十二月、葫蘆河で戦い敗績した。