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西夏書事卷二十一 宋英宗(契丹咸雍二年、遼と改号) 治平三年(諒祚拱化四年) 1066年
大順城の再攻略と負傷
春二月、西使城を保泰軍に昇格させ、駙馬禹蔵花麻に守らせた。
秋九月、自ら軍を率いて慶州を侵し大順城を包囲したが、流れ矢を受けて撤退した。蔡挺の防備により攻略できず、諒祚自身も負傷した。
冬十月、時服を求めたが得られず、改めて歳賜を求めた。韓琦の強硬姿勢により謝罪の表を上げた。
十一月、詔使何次公が来て詰問した。
十二月、環慶路の降蕃思順を毒殺した。
西蕃の瞎氈の子木征が内附した。
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