西夏書事卷十九 宋仁宗(契丹清寧三年) 嘉祐二年(諒祚奲都元年) 1057年

忽里堆の戦いと屈野河をめぐる対立継続

  • 春三月、国母の遺品を献じた。
  • 夏五月、没蔵訛龐が麟府の将郭恩らを忽里堆で誘い出し大敗させた。屈野河西の侵耕地をめぐる緊張の中、宋軍の油断に乗じた伏兵により郭恩以下が捕らえられ、郭恩は自害した。
  • 六月、弔祭への謝礼の使者を送った。
  • 秋七月、捕虜の黄道元を宋に返した。
  • 九月、河東が再び境界画定を求めたが、訛龐は応じなかった。
  • 冬十一月、河東が私市を禁じた。
  • 十二月、鄜延へ兵を送ったが、備えがあり成果なく退いた。