西夏書事卷十九 宋仁宗(契丹道宗清寧二年) 嘉祐元年(諒祚福聖承道四年) 1056年

太后没蔵氏の暗殺

  • 春三月、河東が銀星との和市を禁じた。屈野河の境界画定に応じない訛龐への圧力であった。
  • 秋七月、蕃官蘭氈の引き渡しを求めたが拒まれた。
  • 九月、李守貴を遣わし屈野河を巡視させた。没蔵氏は訛龐に侵耕地の返還を命じたが、内紛により果たされなかった。
  • 東井の方角に星が現れた。
  • 冬十月、盗賊が太后没蔵氏を殺した。没蔵氏は淫蕩な生活を送り、李守貴・寶保吃多已との関係のもつれから暗殺された。訛龐は関係者の一族を滅ぼした。
  • 十一月、没蔵訛龐が自らの娘を后として納れた。以後、権力は訛龐の手に集中した。