西夏書事卷十九 宋仁宗(契丹重熙二十四年) 至和二年(諒祚福聖承道三年) 1055年
訛龐の専横と屈野河の紛争激化
- 春二月、契丹の尊号を賀した。
- 綏州の蕃族阿訛らが内投したが、仁宗は幼弱な諒祚を刺激せぬよう返還を命じた。
- 三月、没蔵訛龐が屈野河西の地を侵耕した。天聖年間から放置されていた無主地に、訛龐が徐々に耕地を広げ実効支配を進めていた。
- 夏四月、内投者の返還への謝礼として使者を送り、大蔵経を賜った。
- 秋七月、河東が疆界の画定を求めたが、訛龐は応じなかった。
- 八月、契丹の使者が興宗の崩御を告げた。
- 冬十月、承天寺を建てた。没蔵氏が仏教を信仰し大蔵経を安置した。
- 十一月、契丹の会葬に使者を送った。