西夏書事卷十四 宋仁宗(契丹重熙九年) 康定元年(元昊天授禮法延祚三年) 1040年

塞門・安遠の陥落と張元・呉昊の投降

  • 夏四月、西蕃の磨唃氈が涼州攻略を謀った。父の唃厮囉とは不和であったが宋に協力の意を示した。
  • 五月、塞門砦を取り砦主高延徳を捕らえ、安遠等の砦を破った。少兵で長期籠城したが糧食が尽き陥落した。安遠も援軍が届かず破られた。
  • 華州出身の張元・呉昊が投降し、元昊に登用された。両名は科挙に落第し不遇であったが縦横の才を持ち、西夏に赴いて重用された。
  • 夏州民韓福が内附し名を改めて宋に仕えた。
  • 六月、歳星が井鉞を犯し、秋七月にも東井を犯した。
  • 兵を分けて金明を攻めたが、宋軍が撃退し城を修復した。
  • 九月、三川砦を攻め鎮戎軍を包囲し大掠奪を行った。獅子堡・定川堡は守将の奮戦により陥落を免れたが、周辺の堡は次々に破られた。
  • 環慶の官軍が白豹城に入り、まもなく夏軍が奪還した。任福の奇襲により一時破壊されたが、夏軍が再建して守りを固めた。
  • 夏州に鉄治務を設けた。冬十月、官軍が分進して攻めたが撃退された。
  • 青澗城を争ったが帰娘谷で敗れた。种世衡の築いた青澗城の防備が功を奏した。
  • 十一月、遮鹿砦を築いたが守将は戦死した。
  • 隴干城を侵したが、劉兼済の防戦により進めなかった。
  • 十二月、慶州の官兵が十二盤に入り、咄当・迷子の二砦が崩れた。