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西夏書事卷十四 宋仁宗(契丹重熙十年) 慶曆元年(元昊天授禮法延祚四年) 1041年
塞門砦主の帰還と和議の模索
春正月、涇原の官軍が威福軍を襲い、蕃官骨披らの偽降を見抜いて受け入れなかった。
塞門砦主高延徳を延州に帰し和議を求め、范仲淹が書簡で応じた。范仲淹は宋の恩義と元昊の即位以来の経緯を説き、帝号を退けて臣従に戻るよう説得を試みたが、実際には元昊が秦・渭方面への進攻に備え延州からの援軍を封じるための時間稼ぎであったと評される。
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