西夏書事卷五 宋太宗(契丹統和十三年) 至道元年 995年
継遷の朝貢と各地の攻防
- 春正月、継遷は左都押牙張浦を入貢に遣わしたが、留め置かれ帰されなかった。太宗は張浦らに衛士の武備を見せつけ威圧し、浦を鄭州刺史に任じ京師に留め置いた。
- 三月、契丹に馬を献じた。張浦が留め置かれたことを聞いた継遷が契丹に接近を図った。
- 夏四月、辺境の兵による盗掠の禁止を求めた。
- 六月、夏州の返還を上表したが、鄜州節度使を授けられ、これを受けなかった。
- 秋七月、党項の睡泥族を蕭関で追った。西方の諸蕃部族がほぼ継遷に服する中、睡泥族の首領𠵚逋のみが従わず、継遷はこれを攻めて蕭関に敗走させた。
- 都鈐轄劉用を烏白池で襲撃したが克てなかった。
- 八月、夏州が嘉禾を献上した。趙光嗣が夏州団練使として献じたもの。
- 九月、転運副使鄭文寶が清遠軍を攻略され訴えられた。清遠城築城の策謀が継遷に漏れ、逆に清遠が攻められた。
- 熟蔵族の首領癿遇が再び継遷を撃ったが、継遷の誘降には応じなかった。
- 継遷の賜姓名が再び削られた。清遠侵攻を機に太宗が改めて処分した。
- 冬十月、兀泥族を攻め、首領黄羅は族帳とともに北へ逃げた。
- 十一月、契丹に戦捷を報告した。
- 十二月、契丹兵を誘って府州を侵させた。折御卿の病に乗じ契丹に援兵を求めたが、御卿が病を押して出陣したため、契丹軍・継遷軍ともに出撃しなかった。