西夏書事卷四 宋太宗(契丹統和六年) 端拱元年 988年
継捧の招撫策と契丹への接近
- 春二月、李継捧が感徳軍節度使に転じた。継捧は崇信での不遇を訴え、継遷を招撫できると自ら申し出て新たな任地を得た。
- 三月、継遷が牙校李知白を遣わし契丹に貢いだ。契丹が約束した公主降嫁が遅れていることを催促するためであった。
- 夏五月、李継捧が再び定難軍節度使に任じられ、趙保忠の姓名を賜った。継遷への招撫が功を奏さない中、宰相趙普の献策により継捧を旧地の統治に戻すこととし、太宗は厚く官爵・財貨を与えて赴任させた。
- 冬十二月、趙保忠が継遷の降伏を報告した。保忠は継遷が悔悟し帰順したと上言し、官職の授与を願った。
- 継遷に銀州刺史・洛苑使を授けたが、継遷は受けなかった。実際には降伏していない継遷に官を授けたことは、宋が保忠の虚偽の報告に欺かれた例として記される。