十六国春秋北燕錄三 馮素弗
任侠の若年期
- 馮素弗は跋の長弟である。大志を抱き姿貌魁偉で任侠放蕩、小節にこだわらなかった。若くして婚姻を二度断られたが、豪俊の士成藻の邸に強引に上がり込み意気投合し、当時の侠士はみな彼に帰したという。
宰輔としての清廉
- 慕容雲の代に昌黎尹・撫軍大将軍を経て、跋の即位に伴い建国の功により范陽公・遼西公に進んだ。宰輔の身でありながら謙虚恭謹で身分の低い者にも対等に接し、車服・屋宇は倹約を旨として百僚に憚られた。滅んだ家を存続させることを好み、旧臣の子孫を引き立てるなど度量の広さで知られ、太平六年に死ぬと跋は葬儀に七度も臨んで哀慟した。