十六国春秋西涼錄三 李翻
子李寶による燉煌回復
- 李翻、字は士挙、小字は武強。暠の末子で驍騎将軍・三郡太守を歴任した。翻の子寶は沈着で度量があり驍勇であった。伯父の歆が滅ぼされると父の翻は北山へ逃れ、蒙遜は寶を姑臧へ移したが、寶は唐契と共に伊吾へ逃れ蠕蠕に臣従し、帰附する遺民は二千に達し衆心を得た。
- 北魏が沮渠無諱を燉煌で討ち無諱が逃げると、寶は伊吾から流民を率いて燉煌を襲いこれに拠り、魏に帰順を申し出た。魏の世祖はこれを喜び寶を鎮西大将軍・沙州牧・燉煌公として鎮めさせ、その威恵は西土に大いに現れた。後に入朝の機会に京師へ留まり鎮南将軍・并州刺史などを歴任、魏の太安五年に卒し宣公と諡された。子の冲が最も名を知られた。