十六国春秋西秦錄三 叚暉
童子の予言
- 段暉、字は長祚。武威姑臧の人で漢の太尉段熲の八世孫である。欧陽湯に師事し、ある童子が二年ともに学んだ後、暉が戯れに与えた木馬に乗り「私は太山府君の子で遊学していた、あなたは後に位が常伯に至り侯に封じられよう」と告げて空へ昇り去った。暉はこれで自らの将来を悟った。
隗仁の助命嘆願と後半生
- 乞伏熾磐に仕え散騎常侍となり、沮渠蒙遜討伐で司馬隗仁が捕らえられた際「隗仁は難に臨み身を顧みず奮戦した、忠の極みです」と諌めて助命させた。輔国大将軍・涼州刺史・御史大夫・西海侯に遷ったが、暮末の代に国政が乱れると子の承根と共に吐谷渾へ逃れ、後に北魏へ帰した。