十六国春秋李洪

李洪は廣漢の人。太和年間、流民を集めて乱を起こし李勢の子を自称したが、刺史劉季連に討たれた。

妖言をもって乱をなした賊

  • 李洪は廣漢の人で、流民数千を聚めて定陵に入り乱をなし、自ら李勢の子と称した。太和年間、刺史劉季連が撫綏を失したことに因って、巴西の人趙續伯・蜀の人李金銀らは共に洪を推して主とし、まさに聖道王の年号を鳳凰とすべきだと言い、私に百官を署して百姓を妖惑した。季連はこれを討ち斬った。