十六国春秋閻氏

夀の皇后

  • 夀の妻閻氏は略陽の人、閻彧の族女である(一に天水の人に作る)。漢興元年(338年)、皇后に立てられた。閻氏には子がなく、夀は李鳳の娘を納れて勢および廣を生ませたが、閻氏はこれを子とした。勢が後に嗣位すると尊んで皇太后とし、廣を大將軍に署して漢王に封じた。廣は勢に子がないことをもって太弟となることを求めたが、勢は許さず、馬当らが廣と異謀があると疑い、当らを収めて殺し、兵を遣わして涪城に廣を襲わせ、貶して臨卭侯とした。廣はほどなく自殺した。