十六国春秋索紞
要約
索紞は字を叔徹といい燉煌の人で、若くして京師に遊学し経籍に博く通じ陰陽天文と占候術にも明るい通儒となった。中原の乱を見て郷里に帰ると、吉凶を占い求める郷人が市のように押し寄せたが「異端に凝ると身を害する、多事は多患を招く」として多くの依頼を断り、悔いのない占夢だけは求めに応じて続けた。孝廉令狐策の見た氷上氷下の夢からは間もなく成る吉い婚姻を占い当て、郡主簿張宅の夢からは三年後に大禍が起こると告げ、紞は夢の中の馬・墓門の像・門処が分からぬ様などを一つずつ丹念に解き明かし、実際に宅は後に張寔の妻の弟賈摹と結んで謀反を企て、告げられた通り誅殺される運命をたどった。黄平の見た馬の夢からは火災の予兆を、郡功曹張邈の狼の夢からは使いの行路の中止を、宋桶の夢からは近く肉にありつける吉事を的確に言い当てるなど、占夢はことごとく験があったという。太守陰澹に西閣祭酒として招かれたが「老いて吏幹もない」と固辞し、陰澹はなおも束帛をもって礼を尽くし月ごとに羊酒を届けたが、紞は仕官せぬまま七十五歳で自宅にて静かに亡くなった。
現代語訳全文
占夢の達人
- 索紞は字を叔徹といい、燉煌の人である。若くして京師に遊学し、太学に業を受け、經籍に博く綜じ、通儒となった。陰陽天文に明るく術数占候を善くし、中国が乱れることを知って世を避けて郷里に帰った。
- 郷人は紞に吉凶を占い問い、門中は市の如くであった。紞は言った、「異端を攻めるは害を身に受けるを戒めとする。多事をなさず、多事は多患を招く」と、ついに詭って虚説として應しないと言い、これをやめさせた。ただ占夢だけは悔い吝を招かないとして、問う者に逆らわなかった。
- 孝廉の令狐策が、氷上に立ち氷下の人と語る夢を見た。紞は言った、「氷上は陽なり、氷下は陰なり。陰陽は事なり。君の見た夢のように、氷が未だ泮けないのは婚姻の事である。君が氷上にあり氷下の人と語ったのは陽が語り陰が媒するの事である。君はまさに人の媒となるべきである。氷が泮けて婚が成るであろう」と。策は言った、「老夫は耄いており、媒はしない」と。会たまたま太守田豹が策のために子のために郷人張公徴の娘を求め、恰も仲春に至って婚が成った。
- 郡主簿張宅が、馬に乗って山に走り上り、還って舎を三周するが、松柏だけが見えて門処が分からない夢を見た。紞は言った、「馬は離なり、離は火なり、火は禍なり。人が山に上るのは凶の字である。ただ松柏が見えるのは墓門の像である。門処が分からないのは門が無いことである。三周は三期である。君は後三年、必ず大禍がある」と。宅は果たして張寔の妻の弟賈摹と謀反し伏誅した。
- 黄平が紞に問うた、「私は昨夜、舎の中で馬が舞い、数十人が馬に向かって拍手する夢を見た。これは何の祥か」と。紞は言った、「馬は火なり。舞うのは火が起きるのである。馬に向かって拍手するのは火を救う人である」と。平が未だ帰らないうちに火が起こった。
- 郡功曹張邈がかつて晉州に使いした際、狼が一脚を噉う夢を見た。紞は言った、「脚肉が噉われるのは却の字である」と。会たまたま東虜が反し、遂に行が果たされなかった。
- 宋桶が、内中に一人の赤衣を著た者がおり、桶が一手に両杖を把ってこれを極めて打つ夢を見た。紞はこれを占って言った、「内中に人があるのは肉の字である。肉の色は赤である。両杖箸は象である。これを極めて打つのは飽きるまで肉を食うことである」と。三日を過ぎ三家を過ぎて、みな肉を食うことを得た。
- およそ占夢するところ終に験しないことはなかった。太守陰澹は紞を西閣祭酒に命じたが、紞は辞して言った、「若くしては山林の操なく、京師に遊学して時賢と交結し、鄙藝を申さんことを希った。会たまたま中国が不靖になったので志を養い年を終えようと思う。老いもまた至った。聞達を求めず、また若くして勤めに習わず、老いて吏幹もない。濛汜の年、あえて命を聞くことができない」と。澹は束帛をもってこれを礼し、月ごとに羊酒を致した。年七十五にして家で卒した(「如君所夣」は一に「士如歸妻」に作る)。