十六国春秋後秦錄八 姚冲

謀反と誅殺

  • 姚冲、萇の末子で興の弟。勇力に優れ騎射を得意とした。興は平北将軍に任じ、征虜将軍狄伯支らと共に赫連勃勃討伐に向かわせたが、軍が嶺北に進駐すると冲は長安を襲撃しようと画策、伯支はこれに従わず、冲はこれを毒殺し口を封じた。興は平涼から朝那へ赴いた際、冲の謀反を知ったが、冲が弟の中で最も年少でありながら勇武に優れていたことから、なおも耐え忍び容赦しようとした。後軍将軍歛成は涙ながらに興に「冲は凶険で不仁、常に側近くに侍っており、私はいつも枕を高くして眠れませんでした、いままた僚佐を殺害し反逆の兆しがすでに明らかになっています」と述べた。興は「冲に何ができようか、ただ軽々しく名将を害したことについて、その罪を天下に明らかにしたいだけだ」と言い、詔を下し冲に死を賜り、庶人の礼で葬った。