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十六国春秋
後燕錄十 封愷
一族の離散
封愷、字は思悌。封奕の孫。父の勧は垂に仕え太常卿侍中に至った。愷は給事黄門侍郎散騎常侍度支尚書となったが司馬氏の事件に連座して死んだ。愷の妻は盧玄の娘。愷の子・伯達は母と妻の李氏を捨てて南へ逃れ、河表で房氏と再婚した。伯達の子・休傑は後に戻ると、祖母の盧氏はなお存命でほぼ百歳に達していたが、母の李氏はすでに先立っていたという。
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