十六国春秋後燕錄九 熙昭儀大苻氏
寵愛と専横
- 熙の昭儀・大苻氏は元中山尹苻謨の長女で、名は娀娥。貴人として迎えられまもなく昭儀に進んだ。熙はこれを非常に寵愛し、昭儀のために曲光海・清涼池を築かせた。真夏の炎暑の中、兵士に休息も与えず酷使したため熱中症で死ぬ者が半数を超えた。苻氏は美しく艶やかで、こっそり外出して遊興することを熙は咎めなかった。願い出れば必ず聞き入れられ、賞罰など大きな政務もすべて苻氏の意向で決まった。まもなく病を得て、龍城の人・王栄が治せると自称したが、まもなく死去。熙は王栄の虚言に怒り公車門で処刑し四肢を切り刻んで焼いた。昭儀は死後、愍皇后と追諡された。