十六国春秋後燕錄八 慕容紹
生涯
- 慕容紹、楷の弟、恪の次子。暐に従って秦へ入り、陽平国常侍を任じられた。当時、秦の版図はすでに広大であったが征伐が止まなかった。紹は兄の楷に密かに「秦はその強大さを頼みに戦を務めてやまない、北は雲中を守り南は蜀漢を守り、輸送は万里に及び道には餓死者が相望んでいる、危亡は近い、冠軍(垂)は智度英抜、必ず燕の祚を回復できるはずだ、我らはただ身を大切にして時を待つべきだ」と語った。堅の淮南の敗戦後、垂が挙兵し鄴へ向かうと、紹は丕の駿馬を盗んで楷と共に辟陽へ逃げ衆を率いて合流した。垂は紹を鎮南将軍・陳留王とした。のちに歴城を克り青兖徐州の郡県堡塁の多くが降ると、紹を青州刺史としてこれを鎮めさせ、まもなく尚書右僕射に遷った。参合の敗戦で魏に殺された。諡を悼とした。