十六国春秋前秦錄十 張平

生涯

  • 張平、代郡の人(一云、譙国銍の人)。当初石虎に仕えて部将となり、冉閔の滅亡後、平は配下の部隊を率いて燕に臣従を称し、まもなく秦と結んで大将軍・冀州牧に抜擢された。平は新興・雁門・西河などの諸郡にまたがり衆十余万を擁し、征鎮の官を自ら任命し并州刺史を自称して秦の境を侵掠したため、堅は車騎大将軍晋公栁に兵を率いて防がせたが栁らは敗れた。堅は自ら軍を率いて討伐に赴き、前鋒鄧羌は汾水のほとりに拠って平の養子蚝を捕らえ、平の軍は大いに崩れ、恐れて降伏を願い出た。堅はこれを赦しそのまま右将軍に任じた。
  • これより先、平は「飛燕」という名の犬を飼っており、その姿は小驢馬のようであったが、ある夜突然庁事の屋根に上がり歩き回り、その足音が人のようであった。平はこれを不吉に思った。折しも晋が参軍桓宣を平のもとへ遣わし四品将軍の節度を授け、その配下として北方を防がせることになった。まもなく豫州刺史祖逖が芦州に出屯し参軍殷乂を平のもとへ遣わしたが、乂は平を軽んじる態度を見せ、その屋敷を見て「厩に作り直すべきだ」と言い、大きな鑊(釜)を見つけると鋳つぶして武器にしようとした。平は「これは帝王の大鑊だ、天下が定まった後にこそ用いるべきものだ、なぜ打ち壊すのか」と言うと、乂は「そなたは頭を保つことより大鑊を惜しむのか」と応じた。平は激怒しその場で乂を斬り、兵を構えて固守すること一年余り、逖の攻撃を受けてついに破られ、平はまもなく秦に降った。