十六国春秋前秦錄九 登后毛氏
生涯
- 登后毛氏、武都の人、河州牧毛興の娘。美しく勇壮で騎射を善くした。太初二年(387年)、皇后に立てられた。太初四年(389年)、登は毛氏と輜重を大界の陣営に留めていたが、姚萇が兵を率いてこれを襲い、陣営が陥落すると萇はその陣営に入った。毛氏はなお弓を張り馬にまたがり壮士数百人を率いて萇と交戦し賊七百余人を殺したが、衆寡敵せず萇に捕らえられた。毛氏は容姿が美しく、萇はこれを娶ろうとしたが、毛氏は「天子の皇后たる者が、賊の羌ごときに辱められてなるものか、早く私を殺しなさい」と罵り、天を仰いで大声で泣き叫び「姚萇よ、道理をわきまえぬそなたは、すでに天子を殺しておきながら、今また皇后を辱めようとするのか、皇天后土がそなたを容れるはずがない」と述べた。萇は怒ってこれを殺した。