十六国春秋前燕錄十 王歡
生涯
- 王歡(一作觀、又作勸)、字は君厚、楽陵の人。安貧楽道の人柄で学問に専念し産業を顧みず、常に食を乞いながら詩を誦し、家に一斗の蓄えもなくとも泰然としていた。妻はこれを嫌い、書物を焼いて改嫁を求めたことがあったが、歓は笑って「そなたは朱買臣の妻の話を聞いたことがないのか」と応じ、これを聞いた人々は皆その妻を嘲笑したという。歓は志を貫きついに大儒となった。暐の即位後、国子博士に任じられ暐自ら経を学びに来た。まもなく祭酒に遷った。暐が苻堅に滅ぼされると歓は郷里に隠棲したが、堅が再び祭酒に召し、のちに太子少傅として没した。