十六国春秋後趙錄十 勒后劉氏

内助の功と厳格な性格

  • 石勒の后劉氏は侍中劉閏中の妹で、復(一に「別」に作る)部の胡人である。勒が胡門(匈奴の陣営)にいた頃に彼女を娶り、美貌で徳があった。張禆が襄城で反乱を起こした際、后は剣を抜いてこれを斬り、勒は后のおかげで危機を脱した。后は聡明で機略に富み国政をよく輔け勒の功業を助け、呂后が漢を輔けたような風格があったが、厳格で立ち居振る舞いも柔らかく、嫉妬の性がなかったことはそれ以上であった。

皇后即位と虎による誅殺

  • 初め上党国夫人に封じられ、建平元年に皇后に立てられた。勒の死後、石弘が即位すると皇太后と尊ばれたが、虎が権を専らにし政を壟断するようになると崇訓宮へ移された。劉氏はこれを憂い彭城王堪と謀って虎討伐を図ったが謀は漏れ、虎に廃されて殺された。