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十六国春秋
前趙錄九 王廣
籠城戦と娘の義烈
王広、字は広之、出自不詳。永嘉の乱に一族を率いて避難し、淵に仕えて西揚州刺史・魯陽侯となった。聰の代、蛮族梅芳に城を百二十日包囲され食糧が尽き、将士五十人が枕を並べて死ぬ惨状の末に陥落した。
捕らえられた広の娘は容色に優れ梅芳に寵愛されたが、父の仇を討とうと夜襲を図って失敗、梅芳を罵倒したうえで自害した(享年十五)。
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