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十六国春秋
前趙錄八 聰后呼延氏
生涯と諫言
呼延氏(武元皇后)は匈奴の出身で淵の皇后の従妹にあたり、美貌と孝行で一族に知られていた。淵の皇后が聰の容姿を愛でて娶わせたといい、聰の光興元年に皇后に立てられた。
聰が弟の劉乂を皇太弟としていたことについて、「父子継承こそ古今の大原則であり、陛下の百年後には粲ら御子たちに継がせる道がなくなる」と繰り返し諫め、魯の隠公の故事(弟に位を譲ろうとして起きた悲劇)を引いて危惧を伝えた。聰も内心これに同意していたという。嘉平二年に没し、武元皇后と諡された。
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