十六国春秋前趙錄四 劉粲
即位と乱行
- 劉粲、字は士光。若くして才気煥発で文武を兼ねたが、宰相であった頃から威権を恣にし、忠臣を遠ざけて奸佞を重用していた。即位後は宮室の造営にふけり、飢饉や離反が相次いでも顧みることがなかった。父の妃たちを次々に太后・皇后に立てながら淫乱を極め、政務を省みなかった。
靳準の専横と粲の弑逆
- 靳準は「重臣たちが済南王を擁立しようとしている」と粲に讒言する一方、粲の寵姫(二靳氏)を通じて逆に讒言を仕込み、太宰・太師・大司馬・大司徒ら重臣を次々に粛清させた。粲が石勒討伐を企図して丞相劉曜を長安に鎮させ出陣の準備を進める間、靳準は腹心を要職に就けて軍国の実権を掌握した。
- 異変を察した王延が密告しようとしたが阻まれ、ついに靳準は兵を挙げて宮中に乱入し、粲を弑逆した(諡は隠帝)。劉氏一族は男女を問わず皆殺しにされ、劉淵・劉聰の陵墓も暴かれて遺骸が焼かれるという凄惨な結末を迎えた。靳準は「大将軍漢天王」を自称して独立政権を樹立したが、まもなく石勒・劉曜によって滅ぼされた。