十国春秋卷一百八 北漢五 列傳 王景絶
王景絶
- 王景絶は太原の人。若い頃燕の地に寓居し、家が代々儒者であるのに武才を用いて進むのは相応しくないと感じ、そこで南に嵩山・洛陽へ遊学し、譚用之を得て友とし、文章を互いに切磋琢磨し、次第に文才で知られるようになった。
- 天会年間、帰郷して国境まで来たところ、ちょうど睿宗が太原に拠っていたので、嘆いて言った。「天下がまさに定まろうとしているのに、区々たる一方の地をもって天下の兵に抗するとは、これは国を危うくするものだ」。そこで上党に留まった。潞州の帥が幕府に招き入れたが、景絶はこれより二度と役人にならず、常々四方から書物を買い求めて筆写した。晩年には数千巻の書を集めた。
- 国が亡びると宋に入り、端拱年間に汴京で没した。