十国春秋卷一百三 荆南四 列傳 温克修
温克修
- 温克修はもとの江陵司薬庫吏である。唐の天復中、術者の向隠とともにあり、隠は「江陵は変更があり定まった主はないだろう。五年後、東北の上に人があり依稀として国親(王室の親族)としてこの邦を鎮めること二十年になるだろう」と告げ、また「東北から来る者は二十年の後、さらに一人があるが、五行はこの程(みちのり)をもうこれ以上管さない」と言った。武信王が荆南留後となるに及び、これより先、朱姓を賜わっていたが、まもなく本姓に復し、果たして国親の説に符った。天成二年、唐軍が江陵を囲んだとき、文献王は王子として城を守っており、克修はそこで隠の言をもってこれを告げたが、文献王はまだこれを信じなかった。翌年、武信王が薨じ、およそ二十一年にして文献王が位を襲ったので、人はその言に験があったと思った。