十国春秋卷一百三 荆南四 列傳 王貞範
王貞範
- 王貞範は平江節度使保義の子である。文献王に事えて推官となり、累官して少監となった。素より『春秋』に精しく、杜預の『左伝注』を駁正すること数百条があり、人は多くこれを訝った。ただ同官の孫光憲とだけは『春秋』の義を説いて心が相得るところがあった。妹(女弟)は、いわゆる荆南仙女と称される者で、常に夢に異人が現れて琵琶の楽曲二百余調を授かるということがあり、「この曲譜を元昆(兄)に命じて序を製らせ、まさに甲寅の方に刋石すべきである」と言った。そこで貞範は妹の指すところのままにこれに序を製り、伝わる曲は道調・玉宸宮・夷則宮・神林宮・㽔賓宮・無射宮・玄鍾宮・黄鍾宮・散水宮・仲呂宮・啇調独指・泛清商・紅銷商・風商・林鍾商・酔吟商・玉仙商・高雙調商・角調酔吟・角大呂角・南宮角・中呂角・㽔賓角・羽調鳳吟・羽風香羽・応聖羽・玉宸羽・香調大呂調を刋した。曲の名の中には人の世に同じものがあり、涼州・渭州・甘州・緣腰・莫靻・傾盆楽・安公子・水牯子・阿泛濫の類がある。摹本が流伝し、一時これを異と称した。