十国春秋卷九十九 閩十 列傳 僧知琀

観音信仰と痞疾平癒

  • 僧知琀は泗州の人、俗姓は王氏である。若くして剃髪して観音に仕えることが甚だ謹厳であり、あらかじめ吉凶を知ることができた。すでに泉州開元寺に住んでいた。
  • 王の従子である延彬が泉州刺史であった時、寺に近頃何か祥(吉兆)はあるかと問うと、「寺の西の地面が数十尺盛り上がって、一、二年になりますが、何を意味するのか分かりません」と答えた。まだ一か月も経たないうちに、太祖がやって来て、そこに七級の木塔を建てた。延彬は嘉嘆した。
  • 初め、知琀は痞疾(胸部の閉塞感を伴う病)に苦しみ、観音を塑像し、堂で祈って日にその名を万遍唱えた。ある夜、人が丸薬を口に入れる夢を見た。目覚めると、寝床の敷物の間に瓦の破片が遺されていたが、痞疾はたちまち失せた。