鼓山禅院と喝水巌の霊異
- 僧神晏は汴州の人で、姓は李氏である。幼くして肉食を摂らず、鐘や梵唄の音を聞くことを楽しんだ。十二歳の時、白い気が幾筋も住んでいた屋根に立ち上ったことがあり、神晏が壁に詩を題すると、その気は消えた。
- 数年を経て、重い病にかかり、神人が薬一丸を与える夢を見て、たちまち治った。翌年、また梵僧が「出家すべき時が来た」と告げる夢を見て、白鹿山の規禅師に依って剃髪した。
- 太祖はその名を聞き知り、鼓山禅院を創建して彼を住まわせ、貲財を傾けて施し与え、しばしば法の要諦を尋ねた(神晏はかつて太祖とともに仏像を眺めた時、太祖が「これは何の仏か」と問うと、神晏は「大王、ご覧ください」と言った。太祖は「見るということは仏ではないだろう」と言った、云々)。「興聖国師」の号を加えられた。
- これより先、唐の会昌年間、仏を廃して僧を淘汰した際、村民が鼓山の霊源洞の傍らに三丈余りの井戸を掘ったところ、古い煉瓦を得て、そこに「僧晏興法」の四字が刻まれていたので、州に献上した。神晏がここに住むに及んで、大いに法教を興したので、その煉瓦の文字が初めて的中したことが分かった。
- 山にはまた喝水巌というものがあり、伝えるところによれば、水が石壁を穿ち、昼夜轟音が絶えず、大いに禅誦を妨げたので、神晏はその騒がしさを嫌い、これを喝して転じさせ、水は東に流れて西の澗はついに涸れたという。その霊異は述べ尽くせないほどである。