膏爇と截臂の祈雨
- 僧義収は若くして剃髪し僧となり、道行があった。閩の万歳寺に住んでいた。貞明三年、閩は春から雨が降らず五月に及んだ。義収は膏(あぶら)で指を焚き、「もし雨が降らなければ、薪を大通りに積んで、約七日のうちにみずから焚身する」と誓った。期日になって炬(たいまつ)を挙げると、天は雨を降らせた。人々はこれを神異と思わない者はなかった(『晋安逸志』にはまた、義収が膏で指を燃やし呪文を唱えたところ、その時ちょうど烈しい日照りであったが、たちまち黒雲が鉢の中から起こり、大雨が十刻ほど立ちどころに降り注ぎ、黒雲は再び鉢の内に戻って、日差しは元のように烈しくなったとある)。
- 後に洪州に遊んだが、(義収が)帰ろうとすると、人々は共に引き留め、そこで(義収は)左腕を切って人々に付し、「私が去った後、雨が降らなければ、これを出して祈れば必ず応じるだろう」と言った。まもなく果たしてその通りになった(『晋安逸志』にはまた、洪州が旱魃した時、寺に詣でて義収に会い、義収は左腕を切ってこれを与え、「これを出して祈れば必ず応じる」と言い、腕が境内に入ると雷雨が大いに起こり、腕はそれにつれて飛び去った。この日、義収は寺で関を閉ざして定に入っており、関を出た時には両腕が元のままであったとある)。