十国春秋卷九十七 閩八 列傳 鄭氏
節義を守り王師に叱咤す
- 余敬洪の妻の鄭氏は建州の人である。敬洪は建州の将であった。南唐の軍が建州を陥落させると、裨将の王建封は鄭氏を捕らえたが、その美貌ゆえに自ら持し、あえて犯さなかった。刃をもって脅しても屈しなかったので、大将の査文徽に転送して献じた。
- 文徽はこれを我が物にしようとしたが、鄭は大いに罵って言った、「王師が弔伐(悪を討ち民を弔う)するのであれば、まさに節義を褒め称え記録して、風化(風俗教化)を励ますべきです。王司徒が行伍(一兵卒)の出であることは怪しむに足りません。しかし君侯は国の上将でありながら、これと同じようになさるのですか。速やかに私を殺しなさい」と。
- 文徽は恥じ、急いでその家を訪ねさせ、彼女を帰した。