十国春秋卷九十六 閩七 列傳 顔仁郁

帰徳場を治め治績を詩に詠う

  • 顔仁郁は泉州の人である。太祖に仕えて帰徳場長となった。当時、土地は荒れ、民は散り散りであったが、仁郁がこれを撫でて(治めて)、一年で(人々が)子を背負って帰り集まり、二年で田畑が開墾され、三年を経ると民の暮らしは足りるようになった。
  • 詩百篇があり、婉曲に人情を尽くしたものであった。邑人は路で歌い巷で唱い、彼を「顔長官」と号した。