十国春秋卷九十六 閩七 列傳 王倓

剛直の生涯と没後の追戮

  • 王倓(本貫は底本に欠字となっており未詳)は、通文年間に官を積んで同平章事に至った。人となりは剛直で、強暴な者にも屈しなかった。
  • この時、景宗は左僕射の官にあって、すでに倔強で異志を抱いていた。倓はしばしば事によってこれを挫いた。景宗もまた倓を憚り、あえて事を発しようとしなかった。
  • ちょうど新羅国が使者を遣わして来聘し、宝剣を献じた。康宗はこれを挙げて倓に示し、「これは何に用いるものか」と言った。倓は「不忠の臣を斬るためのものです」と言った。景宗は傍らにいて顔色を変え、幾日も落ち着かなかった。
  • 景宗が即位すると、新羅は再び剣を献じた。景宗はふと倓の以前の言葉を思い出したが、倓はすでに死んでいた。追想して恨みが尽きず、命じて墓を暴いてその屍を戮した。倓の顔は生きているかのようで、血が全身に流れ出た。これを聞いた者は皆これを痛ましんだ。