十国春秋卷九十四 閩五 列傳 某郡主

要約

某郡主は太祖王審知の娘であるが、その封号は正史に伝わらず、名も明らかでない。閩国の繁栄の中で生まれ育ちながら、他の王族のように独立した長い伝記が立てられるほどの事跡は記録に残らず、閩国王家に連なる数多くの女性のひとりとして、わずかにその存在の痕跡だけが後世に語り継がれている。

福州の北嶺には「胭脂団」と呼ばれる場所があり、周囲およそ二百余歩にわたって地面が膏のように潤い、草木がまったく生えることなく、四季を通じて深紅の色を帯びているという奇観が伝わる。地元の言い伝えによれば、この地こそがかつて郡主が化粧を施した楼閣の跡地であり、その紅の色は郡主が用いた紅粉が長い年月をかけて土に染み込んだ名残であると考えられている。

閩国の栄華とその没落を伝える福州の数々の遺跡や逸話のうち、これは名も封号も失われた一皇女の存在をかろうじて今に伝える異色の伝承であり、王審知一族をめぐる数ある奇談のひとつに数えられている。父の建てた壮麗な福州の城郭や仏塔の記憶が後世まで語り継がれたのと同じように、この化粧楼の跡地もまた、閩国の華やかな宮廷生活の記憶を留める土地の伝承として、住民の間で長く語り伝えられてきたのである。

現代語訳全文

某郡主

  • 郡主はその封号を失っているが、太祖の娘である。福州の北嶺に「胭脂団」という所があり、周囲二百余歩、膏潤で草木が生えず、四季にわたって深紅の色を呈する。伝えるところによれば、郡主の化粧楼があった跡だという。