十国春秋卷八十九 吳越十三 錢朗
錢朗
- 銭朗は洪州の人である。若くして五経で登科し、唐に仕えて累官して光禄卿に至った。文宗の朝に廬山に帰隠し、補脳還化の術を得た。武肅王は西府に延いて師の礼をもってこれに事えた。当時、朗の曽孫・玄孫の数輩はみな明経で邑令となり、白髪の頭を垂れて堦下に拝したが、朗の容貌は童子のようであり、人々はみなこれを異とした。ある夕べ、忽然として家人に「ちょうど上清に召された。今から行く」と語ると、俄かに気絶すること数日、顔色は生きているようであった。棺を挙げるに及んで、屍はすでに解け去っていた。時に年百七十余歳であった。