十国春秋卷八十九 吳越十三 僧契盈

僧契盈

  • 僧契盈は閩の人である。内外の学に通じ、常に仙教に遇って三彭を絶つ法を行った。三彭とは三尸のことである。広順年間、杭州の竜華寺に来て住み、広弁周智禅師の号を賜った。契盈は性がことに敏速で、ある日忠懿王に侍って碧波亭に遊んだとき、潮水がちょうど満ちて舟楫が輻湊し、望んでもその首尾が見えなかった。王は喜んで「呉越国は京師を去ること三千里、誰が一水の利がこのようであることを知ろうか」と言うと、契盈は「三千里外の一条の水、十二時中に二度の潮と申せましょう」と答え、時の人はこれを「駢切」と称えた。当時江南はまだ両浙に通じておらず、貢賦はおおかた海路から青州に達していたので、こう言ったのである。